2009年2月21日(土)〜東海道中、さきこがゆく


※今回のコースはこちら。

先週は青梅マラソンでアップダウンのキツいコース30キロを走破したさきこは、来月は東京マラソン、その翌月はウルトラマラソンに出場するなど充実したランニングライフを満喫しているのだが、そのレベルはしゅんすけには到底及び得ない境地というか、狂った果実というか、理解しがたいレベルに到達している。フルマラソンで42キロを走破するのは分かるけど、その翌月には100キロのレースに参加しようというのだ。去年も参加した富士五湖を巡るウルトラマラソンで72キロを一度も歩かずに走破したさきこは「100キロを走らないとウルトラマラソンを走ったことにならない」などと言い出して、100キロコースに挑むことになったわけである。う〜ん、100キロって距離感覚が分からないよね。クルマでドライブしててもいつの間にか100キロを走っていることってあるけど、これをニンゲンの脚で踏破するってほとんど想像の域外である。
※ちなみにウルトラマラソン100キロのイベントの翌週にはしゅんすけが楽しみにしているしまなみ海道サイクリング70キロが控えている。これにも参加しようと言うのだからさきこは脚に何か棲んでるのかもしれない。
さてそんなニンゲン業の境地を大きく越えようとするさきこは、この日そのための練習をするために、しゅんすけにある依頼をした。
「小田原まで走るからエイドをやって欲しい」

いや思わず聞き返したね。お、小田原まで走るんですか?
しゅんすけも自転車で自宅から小田原まで行き、それが自分の中で結構自信に繋がっているんだけど、自転車は下り坂ではこがないんだからそれで何とか辿り着いた小田原に、走って行こうと言うのか?
WEBツールで調べてみると、自宅から小田原って案外近くて、50キロ強といったところ。往復では100キロだけど、この日の練習では片道だけ走るんだそうな。
うん、確かに自宅から小田原まで行ければそれはかなりの自信になるだろうな。
もはやさきこの熱意には何人たりとも止めることはできないのであった。

そんなわけで、10時40分、晴れ、微風、最寄の駅から東海道を目指して走り始めたさきこなのであった。


※地元の駅前を出るさきこ。

自宅から山を越えて東海道に合流したさきこはいきなり、最初の難関・権太坂を上ることになった。かなり長い坂道で頂上に現れたさきこは早くも疲労の色。いやまだ6キロ程度しか走ってないわけで、やっと距離として10分の1である。
しゅんすけはクルマで随行しつつ、5キロごとに停まって、さきこに水分や補給食などを提供するいわゆる私設エイドの役目である。コンビニで飲み物などを買い込み、さきこを待つ。ほどなくさきこが来て、リクエストのコーラを飲んでいく。ランニングしている時って無性にコーラが飲みたくなるんだそうな。しゅんすけも経験あるけど、あれは一体どういう理由なんだろうね。

 
※(左)権太坂を上ってきた。(右)「東海道」の文字。

コーラを飲んださきこがコンビニを後にして走っていった。今日はこんな感じでずっとさきこを随行する。ま、クルマとニンゲンの脚ではクルマの方が遥かに速いわけで、そうであれば途中のコンビニなんかで時間を潰しつつさきこを待っていればいいわけだから、結構楽チンである。
ところが、道路事情がそれを許さなかった。
権太坂を越えた辺りから渋滞が始まったのだ。既に抜き去ったさきこが歩道をたったか走ってくるのがサイドミラーに写り、抜き去っていった。う〜ん、ランナーに抜かれてはエイドの意味がないではないか。国道1号線の戸塚辺りは毎度物凄い渋滞になるのは周知の事実だけど、これほどの酷さとは思わなかった。延々と続く渋滞に耐え、やっと戸塚駅前辺りでさきこと合流して休憩。まだまだ元気なさきこは笑顔を残して走り去っていったのだが、しゅんすけはその後も渋滞に見舞われ、戸塚駅の「開かずの踏み切り」で立ち往生。戸塚の再開発もいいけど、何よりこの幅広い線路を横切る踏み切りの地下化や高架化を優先した方がいいんじゃないだろうか。沼津駅でさえ地下道で線路と交差させているくらいなんだからさ。
渋滞と開かずの踏み切りで大きく遅れをとったしゅんすけエイドであるが、横浜新道と合流する辺りで再び捕捉した・・・のも束の間、今度は原宿交差点の渋滞で再び水をあけられた。
う〜ん、走った方が速いってことがホントにあるものなんだね。
結局なかなか来ないしゅんすけをさきこがコンビニで待っていてくれてて、これでは全然エイドの役になっていないのである。

やっと渋滞を抜けると、藤沢辺りで江ノ島へ続く道と小田原へ続く道が交錯してて、クルマのしゅんすけは迷わず小田原方面へ進路をとったんだけど、その道には歩道がなく、さきこはやむを得ず藤沢方面の道を行き、どこかで再び小田原方面へ方向転換するつもりのようだったけど、ここでさきこと完全にはぐれてしまった。こういう点が、大規模な交通規制の下に開催される箱根駅伝との差である。当たり前だけど、一般のランナーは東海道の真ん中を走ることはできず、その脇道や回り道をしながらちまちま走るしかないのである。ま、箱根駅伝の実際のコースはこの辺で134号線に入るんだけどね。遊行寺前の坂道を下ったさきこは道を折れて再び国道1号線に向かう。しゅんすけはさきこと携帯電話でやり取りして何とか合流できた。ここでちょっと休憩。
まだまだ20キロ程度である。小田原までは30キロ以上である。

 
※(左)エイドでの様子(藤沢辺り)。(右)エイドでの様子(茅ヶ崎辺り)。

走るさきこのペースはほとんど乱れず、その後も着々と歩を進めていた。この場合、歩じゃなくて走と言うのか。
茅ヶ崎を難なくパスしたさきこを追って、しゅんすけもクルマを走らせていたが、相模川を渡る段になって物凄い渋滞に巻き込まれた。もともと相模川を渡る橋が少ないからなのか、この辺が渋滞ポイントだということを知ってはいたけど、ここでも走っているさきこの方が断然速く、しゅんすけは大きく遅れをとることになった。そしてやっと追いついた平塚駅周辺。ここでしゅんすけは追いついた安堵から、1回分のエイドを完全に忘れてしまったのだ。おかげでさきこは10キロほど無補給で走ることになった。いや、駐車スペースもなかったしな。平塚駅周辺では距離は30キロ強になっている。30キロくらいが一番キツいんだと思えば、いや、悪いことをしたと反省である。

さて30キロを越えて、あと20キロ強である。
陽が確実に傾いている。さきこを待って車外に佇むしゅんすけの影は長くなり、心なしか寒くなってきた。この日は暖かい日であったが、それでも風はまだ冷たい。さきこも薄手のウインドブレーカーから厚手のに着替えた。
大磯を超えて二宮を超えて、小田原は着実に近くなってきた。ここまで来ると、時折見える海岸の景色は湘南の海という風情ではなくなってきている。何となくうら寂しい感じのする景色である。逆に海の色がキレイなので、しゅんすけは気に入っている。いいなー、こんな景色の見える家に住みたいなーと思ってたら、道路沿いに建つ家は大抵がオーシャンビューだった。しかも、目の前はちょっとした高台で、西湘バイパスを見下ろして広大な海が広がっている。う〜ん、非常に羨ましいわ。

 
※(左)走るさきこ。(右)海を臨むコース・・・でも明るすぎたか。


※海を見ながら走る。

そしてついに小田原市に入った頃、目の前で太陽が箱根の山に消えていった。う〜ん、惜しいなー、日没までにゴールできなかったか。それでもあと数キロまで来ていた。ここまで来ればもうゴールしたようなものである。あともう少しで念願の小田原である。
そして、これが最後のエイドとなった。さきこが残っていたスポーツドリンクを飲み干した。

 
※小田原市内でのエイド。


※小田原を走るさきこ。

しゅんすけがクルマで進むと、ほどなく唐突に小田原駅の市街地になった。夕暮れ時の煌びやかな街並み・・・って商店街だけどね。その路肩にクルマを駐めてさきこを待っていると、商店街を歩く人をかき分けるようにさきこが現われた。
さきこの目の前に小田原駅の駅ビルが聳えていた。18時、ついにゴール。小田原駅に到達したのだ。55キロもの距離を踏破したさきこはさすがに疲れていたけど、駅ビルを見上げて嬉しそうだった。いや、駅ビルの「小田原駅」って文字はしゅんすけが自転車で到達した時もそうだったけど、あまり目立つような看板になってなくてホントにイケてないんだけど、夜になったらライトアップされるわけでもなく、ただ暗いビルの壁に貼り付いているだけで、より一層イケてない看板に成り下がっていた。けど、自宅から55キロもの距離をこの看板目指して走ってきたさきこにはどう映ったのであろうか。


※ゴール!駅前の光景が眩しいぜ。

さきこの挑戦がついにゴールを迎えた。
100キロを走るウルトラマラソンの距離にはまだ到底及ばないけど、きっとこの練習は大きな自信になるハズである。箱根駅伝で言えば、2区の途中から3区、4区を一人で走ったわけだからね。
すっかり陽が暮れて暗くなった道をしゅんすけのクルマは走っていく。さきこは後部座席でストレッチしたりマッサージしたりして、この練習を振り返っていた。物凄く楽しかったと語るさきこに、ホントに100キロ走れるのか聞いてみたら、さらっとこう言ってのけた。
案外走れちゃうもんよ。