2009年4月26日(日)チャレンジ富士五湖〜100キロの夢のあと。

100キロを自分の脚で走り切る。
その大きな野望を背負い、さきこは日夜走り込みの練習を重ねてきた。参加したランニングのレースも、それぞれの大会への思いとは別に、来るべき100キロレースへの思いが添えられていた。今年最大にして、生涯最長のレース、100キロウルトラマラソンへかけるさきこの思いは、端から見ているしゅんすけにも感じられる熱い思いであった。

※前日の選手受付にて。応援ボードを持つさきこ。
 
※(左)ランナー全員でガッツポーズ。(右)応援の自転車組も一緒に。

レース当日。さきこのそんな熱い思いに応えて、前日の強い雨が嘘のように晴れた。
スタート地点の競技場には雪に覆われた巨大な富士山が眼前に迫る。太陽はまだ出ていない白みきった空。ひんやりと静まり返っていた空気の流れは、夜明け前に一瞬だけ強い風に変わる。日の出前の現象、失われていた太陽の予感。
100キロを目指すランナーたちがレーススタートの号砲を待っていた。その場だけ冷たい空気が熱せられたような熱気を帯びている。そしてその中にさきこがいた。

※スタート前はまだ暗い。

※スタート地点にランナーが集まってきた。

※ついにスタート、頑張れ!

5時、運命の号砲が鳴り響く。
チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン、100キロとそのひとつ上のクラス、112キロのレースがスタートした。
1000名足らずのランナーがスタート地点を駆け抜けて行くのはあっという間で、静けさを取り戻した会場で、しゅんすけたちが佇む。さきこを応援するために、しゅんすけたち自転車組も準備を始めることにした。


※スタート後は閑散とした雰囲気の会場。

※それにしても物凄い富士山だなぁ。

富士五湖を巡る100キロの超人レース。
山中湖、河口湖、西湖、精進湖を巡り、本栖湖で折り返して河口湖まで戻ってくるという富士五湖を舞台にした壮大なレースである。去年参加した72キロクラスでは、山中湖を周回する部分が省かれていたが、今回参加するクラスでは、まず最初に山中湖を周回、その後去年同様河口湖、西湖、精進湖を巡り、本栖湖の入り口をタッチして返ってくる。112キロクラスではさらに本栖湖の周回が含まれるわけだ。
しゅんすけたちは陽が完全に昇るまで待機してから、山中湖を周回して戻ってくるさきこたちを迎える形で応援するため、会場を後にした。
会場を出るとしばらく緩やかな下り坂である。
木漏れ日の朝陽を横から浴びて、葉に残る雨露がキラキラする林の中を自転車が駆け抜けていく。アスファルトには段差もマンホールもなく、自転車が走るにはこれ以上ないほどの道だったけど、路面はまだ雨が乾いてなくて、速度を出すにはちょっと怖かった。けど、とても気持ち良く下って来ることができた。もちろんこの坂道を上らないとスタート地点には帰って来られないわけだが。

途中、目の前に巨大な富士山が現われたり、満開の桜から風に吹かれて花びらが散っていたりと、感動の景色をやり過ごしながら自転車で走っていく。
忍野八海周辺で最初にさきこを補足。
ちょっと疲れた感じだったけど、まだ二十数キロである。さきこにとってはまだまだ序の口な距離である。そんな気概があったのか、休憩もそこそこに気丈に走り去って行った。

※忍野八海辺りでさきこを補足。
 
※(左)河口湖を目指す。(右)河口湖手前のエイドステーションに現われた。
 
※(左)エイドステーションでおにぎりをほおばる。後ろにいるのは・・・?(右)河口湖の道を行く。

※河口湖の終わりでエイドステーションがあった。

※河口湖畔のランニングロード。
 
※(左)激坂を越えて西湖に現われた。(右)西湖を越え、精進湖を目指す。

その後、河口湖の手前や河口湖畔沿いのエイドステーションで休憩するさきこを発見。この辺りで次第にさきこの調子が悪くなっていく。去年は走ること自体が楽しそうだったが、今回は何か辛そうである。ちょっと不安になった。
その不安は河口湖から西湖に至るちょっと急な坂道でさらに増大し、西湖の先にあるエイドステーションで顕在化した。このエイドステーションで一旦しゅんすけたちは大きく先行し、本栖湖辺りで昼食を摂ることにしたんだけど、その間も黙々と走るさきこから、ご当地名物・鹿カレーを食べるしゅんすけに電話が入った。こういうのを「耳を疑う」というのだろう。
「リタイアする・・・」

聞けば、そこは精進湖の周回コースだそうで、左足の甲の外側に痛みが走り、もはや歩くのもままならないとのこと。驚いたしゅんすけはとりあえず鹿カレーをかきこんで(しっかり完食した)、自転車にまたがった。さきこを探しに来た道を戻る。去年72キロを完走したさきこがまだ70キロに満たない場所でブレーキがかかるなんて、ちょっと信じられなかった。さきこは何が何でも完走する人だと思っていた。踏み込むペダルに力が入った。

精進湖の周回道をランニングコースとは逆に辿ると、ほどなく脚を引きずるようにして歩くさきこの姿が見えてきた。
まさに悲痛な光景であった。さきこがレースをリタイアする。しかも楽しみにしてきたレースを途中で断念するというのは、本人にとってまさに断腸の思いなのだろうが、さきこの脚が再びランニングのステップを踏むことはもはや期待できなかった。
さきこは近くのエイドステーションで主催者の用意したバンに乗ってスタート地点の会場に帰っていった。

※本栖湖の折り返し地点。ここにさきこが来ることはなかった・・・。

※リタイア回収車に乗り込むさきこ。お疲れ様。
 
※さきこを応援するボードに書かれた文字が空しい・・・って、後ろにいるのは・・・?

その後しゅんすけたちは、さきこ以外のランナーの応援を継続しつつ、来た道を戻っていく。さきこは脚に痛みがあるもののそれ以外は問題ないようだったので、しゅんすけもサイクリングを楽しむことにした。
(どちらにしても、その場でサイクリングを中断できるわけじゃないので、何があっても自力で戻らなくてはならないんだけどね)
途中長い下り坂をノンブレーキで下ったりするのはホント気持ち良かった。
最後には延々4キロもの上り坂を一度も止まることなく上り切った。しゅんすけの脚力が去年と比べて向上しているのが嬉しかった。

※西湖から精進湖へ至る坂道(ちょっと長い映像)

※西湖から河口湖へ至る坂道(ちょっと長い映像)

※応援の自転車組はサイクリングを楽しんだ。(西湖にて)

※この日は終日富士山が見えていて、しゅんすけにとってウレシイ日だった。

会場に戻ると既にランニングウェアから普段着に着替えを済ませたさきこが脚が痛いのを我慢して最後の数百メートルを走るランナーを沿道で応援していた。「頑張って!あともう少し!」「おかえりー!100キロお疲れ様!」と声援を送るさきこの姿は、哀しかった。きっとランナーに自分の姿を投影していたんだと思う。
そんな折、まだゴールしていないまりこさんからも電話が入り、リタイアが告げられた。さきこに続いて2人目。今回のレースは去年と違ってリタイア続出のレースになってしまった。幸いまりこさんの脚にも異常はなかったようであるが、まりこさんからの連絡をもってこの日走ったしゅんすけの仲間がすべてレースを終えたのだった。

会場のすぐ目の前には雲一つない富士山の姿が夕陽に照らされて赤くなっていた。
こうしてさきこの挑戦が終わったわけである。
帰りの車中、ドライブに行くような談笑をするしゅんすけとさきこだったけど、きっとさきこの心の中には猛烈な自問の嵐が吹き荒んでいるだろう。フィニッシュライン直前の沿道で声援を送っていたさきこと目の前を駆け抜けていったランナーたち。100キロを完走できなかった自分と彼らとの決定的な差はなんだったのか。きっとさきこはこの答えを探して、来年まで走り続けるのだろう。いつか100キロを完走してフィニッシュラインを越える日が来る。助手席の窓ガラスに映るさきこの顔に決意が浮かんだのを見て、少なくともしゅんすけは、そう思ったのだった。
 
※しゅんすけも一日の応援サイクリングを終えた。