2007年5月27日(日)山中湖ロードレース
幸い天候は晴れ。
初夏の行楽には最高の天候である・・・が、ロードレースに出場する走者には、諸刃の剣である。
雨なんか降られちゃうと体温を奪われちゃうし、何より楽しく走れないけど、逆に晴れれば容赦ない太陽の照りつけに晒されて、体温が急上昇、早期にバテる危険性もあるわけだ。
しかも、ここは山中湖。山梨はどうも気温が高まる傾向にある地形で、湖の周囲を周回するコースだから、水面を渡る風が気持ちいいだろうと期待しつつも、徐々に暑さを増す中、今年のロードレース2回目の彼は、スタート地点を遡ったコース上の木陰で待機していた。
今回のレースは、山中湖を1回周回する13キロのコース。
先月ボロボロになりながら何とか10キロを走破した彼だけど、さらに3キロプラス、しかも湖沿岸の起伏の激しいコースである。彼の不安は当然である。
ちなみに、彼女はこの日湖を約1周半するハーフマラソンにエントリー。
前回から記録が伸びず、トレーニングにも行き詰っていた彼女もまた、不安を感じていた。
「ま、21キロなんて、彼女にはもはや身体に慣れた距離っすからね」と彼は言うものの、起伏の激しいコース、しかも高い標高では身体能力が100%発揮できないことが、彼女のレース結果にどのように影響するかは心配なのであった。
今回のレースは、まずハーフ組がスタート、15分遅れて1周組がスタートする。

彼はこの日、新調したランニングウェアを着ていた。
前日もジムで4キロほど走ったので、単に洗濯が間に合わなかったからなんだけど、午後から夜まで用事のあった彼に代わって、彼女が購入しておいてくれたものであった。多くのランナーがひしめく中でも分かりやすいオレンジのTシャツ。そして、背中に描かれた天使の羽根。う〜ん、いい、スゴくいい。
彼女のツボを押さえたグッジョブな買い物に、彼はご満悦だった。
併せて、照りつける日差しを防ぐため、会場に出展したスポーツ用品店でオレンジ色の帽子を購入。加えて、以前より欲しかったデジタル時計を購入。安かったけど、とにかく走ってる間に自分のタイムが見られるだけで、不安が解消するものだ。
さて、戦闘態勢は整った。あとはレーススタートの号砲を待つばかりである。
 
※(左)レース前の彼と彼女。(右)彼の新ランニングウェア。背中の羽根がポイント。

9時15分、まずはハーフ組のスタートを告げる号砲が鳴った。
ランナーで埋め尽くされた道路の遥か向こうの方から走り出したハーフ組にエールを送る1周組のランナーの拍手が波のように伝わってきた。ハーフ組も1周組も同じ山中湖を走る仲間なわけで、ランナーがランナーに送る声援はホント気持ちいいものである。
さて、先発組がスタートしたので、後発組は徐々にスタートラインへ移動する。彼はかなり後方にいたので、道路に延々と続くランナーたちが徐々に前へ移動するのに併せて、涼しい木陰を出て、前へ進んだ。
今回は、初の試みとして、彼はポケットにiPodとウォークマンを入れていた。前回のように走ること自体に飽きが来た場合に備えたことだった。また、事前にまりこさんから渡されていた飴が入っていた。
さて、準備万端・・・っていうか、早く始まってくれないかなーと思い始めた9時30分、山中湖1周組のレースがスタートしたのだった。とは言え、3000人以上のランナーが走るレースだから、先頭の方でスタートしてもなかなか後方は走れなくて、しばらくだらだらとスタートラインへ向かって歩いていく。
やっとスタートラインの横断幕が見え始めた頃、ランニングシューズがザッザッザとリズムを刻む音が聞こえ始め、彼の前方が走り始めた。こうして彼のレースがスタートしたのだった。横断幕を越える瞬間、購入したばかりのデジタル時計のストップウォッチのスイッチを押した。

※スタート直後の彼女。いつもながら余裕の表情である。

最初は湖から少し離れた林道を走る。木立の中を走っていく感じ。最初から緩やかな登りであったが、なかなか順調に始まった感じ・・・とも言えなくて、昨日久し振りに走ったもんだから、腿に軽い筋肉痛の感触が残っていた。大丈夫かな、このまま13キロを走り切れるかな。
予想通り日差しは暑かった。しかも、ほとんど無風。給水所で水を貰い、腕や首筋を冷やすと、とても気持ちよかった。ちなみに、iPodのポッドキャストで聴く某東○FMのラジオ番組は、ランニング時に聴くと著しくモチベーションを下げる。自分が苦しい時に、耳からは「マスター、ウイスキー、ロックで」なんて聴こえてきたら、何を気取って酒なんか飲んでやがるんだって気にもなるよな。彼の好きなラジオ番組のポッドキャストで、走っていれば気が紛れるかと思ったら、逆に神経逆撫でする結果になっちゃったよ。
そんなわけで走り始めて4キロ地点、耳からイヤホンを外す。

やはりジムの機械で走るのとは訳が違い、実際に道路を走るというのは、非常に疲れる。アスファルトのわずかなでこぼこが微妙に気になって、ペースを狂わす。う〜ん、去年ロードレースに出た時には、あまり気にならなかったけどな。
腿の辺りの筋肉に疲労の度合いが感じられてくる。前日の4キロは、最近とみにサボりがちの彼にとってそれなりの距離だったようで、疲労が完全には癒えていなかったのだ。
そんな彼の目の前に長い坂道が現れた。これには精神的に堪えるものがあったが、彼は登り始めた。止まらずに走りきることが今回の目標なので、歩くわけにはいかない。木立に囲まれた木漏れ日の中、周りのランナーには歩いている人もいたけど、ここは気合で登り切ることにした。いや、この坂、マジでキツかったわ。実際1キロくらいあったんじゃないかっちゅうほどの長さ。旅館の従業員らしき人たちが沿道で応援してくれて「あともうちょっとで下りですよー」とか声援を送ってくれたので少し持ち直したものの、頂上付近では気が抜けて危うく歩いてしまうところだった。

今回はかなりペースが遅かった。
前日のジムでは少し早めに走ってみたところ、これが彼には負担にならない速度だったんだけど、本番ではそんなことは忘れて、歩く程度の早さでしか走れなかった。やはり経験不足なんだな。
長い坂道を終え、やっと下りになると、オーバーペースを恐れて、ブレーキをかけながら走る。さっき登り坂で追い抜いたランナーにがんがん抜かれていった。
そして、坂を下り切った先に、ふいに視界が開けた。

立ち並ぶ木立を抜けて、湖岸沿いに道路が続く。
山中湖の湖面が日差しをキラキラ反射させ、その向こうに広大な樹林が広がり、さらにその向こうには赤茶色の地肌を見せる巨大なシルエット。まだ5合目くらいまで雪に覆われた富士山が迫るように聳え立っていた。
いや、スゴい。デジカメを持ってないのが悔やまれるほどの絶景。
周囲のランナーも歓声を挙げていた。
湖面から風が吹いてきて、彼の火照った身体を撫でていく。
う〜ん、こういう風景の中走れるのは気持ちいいものである。
ここからしばらくは、湖岸沿いの道路を進む。対岸に賑わった感じの建物が霞んで見えるけど、どこがゴールなのか分からない・・・ってか、あの賑わった感じの場所まで走って行くんかいな。

この頃からだんだんお腹が空いてくる。
山中湖へ向かう道中、海老名サービスエリアでカツカレーを食べたにも拘わらず、空腹感を感じる。何となく脚に力が入らなくなってきた。そんな折、沿道には「特選・ほうとう」とか「濃縮ソフトクリーム」などの大看板が立ち並び、デニーズやらガストが軒を連ねている。いや、マジでそのまま入って食べたいくらい腹が減った・・・ってか、実際ソフトクリームを食べてるランナーもいた。
くそっ、レースが終わったらたらふく食ってやると思いつつも、マズイ、このままではホント体力が持たないわと思ったところで、スタート直前まりこさんから渡されていた飴の存在を思い出す。ナイス!飴があったわ。早速口に放り込む。飴のおかげで少し元気が回復したところで、10キロ地点を超える。彼にとって、レースでも練習でも未体験の世界である。脚は特に腿と膝に痛みを抱え、残り3キロである。

この残り3キロが最高にキツかった。
あの長い坂道を越えたものの、小さな起伏は断続的に続くわけで、それが彼も腿や膝に直接響いてくる。それでも歩くわけにはいかないと、歯を食いしばる。いや、彼は人生の中で歯を食いしばった経験ってあんまりなかったんだけど、この時は歯を食いしばったね。
何度目かの坂道を登り切る前に、修道院らしき施設の前でそれらしい服装を着た女性が応援してくれていた。いつものオマジナイをしてみると、気のせいかふわっと身体が軽くなった気がした。う〜ん、早くゴールに着くのなら、オマジナイでもオミクジでも何でもやりまんがな。
坂道を登った彼の目の前にふいに見覚えのある景色が現れた。ここは、レース直前に待機していた木立の日陰ではないか。
ついに山中湖を巡って戻ってきたのである。ゴール地点までもう少し。ゴールラインのある中学校の校庭までは、坂道を延々2ブロックほど登らなきゃならず、ここまででもはや最後の体力さえ枯渇しそうだった彼は、最後の力を振り絞りつつも、歩くのと変わらない速度でゴリゴリ走っていた。腿の痛みよりも膝の痛さは耐え難くなってきた。
彼がやっと1周してきたこの頃に既にその倍近い距離を走ってきたハーフ組のランナーと合流し、彼らはそれなりの走力があるので、もうじゃんじゃん抜かれたんだけど、彼はゴリゴリ、もうホント膝のお皿が骨と当たってゴリゴリするような感じで痛みに耐えつつ、坂を登り切った。
目の前にゴールのゲートが見える。
ここで元気にラストスパートする余裕は彼には残っていなかった。
一歩一歩ゴールに近づく。そして、ついにゴール。
山中湖1周を一度も歩くことなく走り切ったのでした。
ココロの中で小さなガッツポーズを決める彼なのでした。

※ついにゴールまで数メートル!もはやヘロヘロである。

その後は、もうとにかく膝が痛くて大変だった。
とりあえずお目当ての完走Tシャツをゲット、豚汁が無料で振舞われるというので、列に並んで2個貰って、その場ですぐ平らげた。膝も痛かったけど、腹も減ってたわ。
事前に荷物置場にしているテントまで行き、そのままバタン。眠ってしまいました。

彼女はどうだったかというと、実は彼のゴール後時間を置かずにゴールしたんだそうな。
さすがである。彼がゴリゴリと全体力を動員して何とかゴールに辿り着いたというのに、時を違わず彼女はさらに10キロを走破して戻ってきたのである。もはや彼と彼女の走力はレベルが違う。
そのまま眠ってしまった彼にその後の様子を知る術もないのだが。

※1周目を終えて、4キロほどの折り返しへ向かう彼女。
・・・ってことは、上の写真の彼とほぼ同距離を終えた彼女の姿に、
彼との埋めがたい走力の差を認めざるを得ない。

初めて走る13キロ、しかも事前の練習はかなりサボっていて、ほとんど準備なしの状態で臨んだので、まさに満身創痍であった。それでも、気持ちは保っていて、途中で歩いてしまうことはなかった。(ま、翌日は会社を休むことになっていたので、何が起こっても大丈夫と思ってたんだけどね)

テントでしばし眠って目が覚めてみると、会場となっていた中学校の校庭は賑わいをなくし、ほとんど閑散としていた。立ち並んでいたランニング用品の出店も撤収を始めていた。かなりの時間を眠っていたようである。起き出した彼は、まずはビールとヤキソバ(まだ食うか)を買い、目の前に見える富士山に向かってビールの入った紙コップを小さく掲げ乾杯したのだった。
雪を頂いた富士山が強い日差しを反射してキラキラしていたのだった。

※最後の決めっポーズ。でも、腰が立たない彼。

※最後に同縮尺の山中湖と東京の比較図。
電車で移動することの多い東京は、パッと見ただけでは、
さほど距離を感じないケドね。
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